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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [10]




 記憶を巡らし、思い当たる。
「たぶん、机の中だ」
「えぇ?」
 部費は教室では必要ないので、鞄から出すつもりはなかった。だが、春休みの宿題を出した時に鞄から滑り落ちた。拾ったところに先生が登場してHRが始まってしまい、慌ててとりあえず机の中に仕舞いこんだのだ。
「別に今日中に出さなきゃならないワケでもないよね?」
「うん。でもお金だし……」
 物が盗まれたなどといった物騒な話は聞かないが、用心に越したことはない。
「やっぱ取ってくるよ」
 手早く荷物をロッカーに押し込み、パタンと閉める。
「え? これから戻るの?」
「うん」
「お昼、どうする?」
「いつものトコ。体育館の階段」
 すでに足は動き出している。そうして
「先に行って、場所取ってるからねー」
 という里奈の言葉を背中に受けながら、部室を出た。
 校舎の中。すでに生徒は(まば)ら。
 今日は始業式と、その後のHRしかなかった。新一年生のクラスではあれこれと先生からの諸説明で、まだHRが続いているようだ。だが二年生以上の生徒には、学校に居残る理由はない。
 午後から部活動の控えている生徒で、教室で昼食を取ろうという存在もあった。が、天気が良いからだろうか、あまり多くはない。
 里奈と美鶴はブラブラと歩きながら部室へ向かっていた。それなりに時間も過ぎている。
 今では掃除も、どこまで真面目に行ったのかはわからないが、とりあえずは終わっているようだ。
 まだ陽の高いうちからこれほどガランとした校舎も珍しいなと、なんとなくワクワクしながら自クラスに一歩足を踏み入れた。

 ―――――っ!

「ちょっとアンタっ! そこで何やってんのよっ!」
 いつも男子生徒を罵倒しているクセか。まず声が出てしまう。
 怒鳴られた少年は、美鶴の言葉に少しだけ首を動かし、視線だけで対峙した。

 ――― 思わず、生唾を飲み込んでしまった。

 少し吊り上った目尻と、一重だかどことなく甘い瞳。少し伸びかけの黒い前髪がゆったりと流れ、日焼けた額を撫でる。
 うっ!
 言葉を失う美鶴とは対照的に、相手はそれほど動揺も見せない。机の中に入れていた腕を引き抜き、立ち上がる。
「お前か」
 知らない生徒。だが相手は知っているような口ぶり。
「そこっ 私の席なんだけどっ」
 なぜだか激しくなる息遣いをなんとか整え、美鶴は憮然と言い返す。
 見知らぬ男子生徒に自分の机を漁られて、冷静でいられるワケがない。
「何やってるの?」
「あぁ」
 少年は涼し気に片眉を動かし、ズカズカと近寄ってくる美鶴を避けるように後退した。
「君の机だったのか」
「何か用?」
 美鶴の剣幕に、少年は笑った。
 笑った―――
 それは、他人の机の中を(あさ)ったという後ろめたさや罪悪感など微塵も含ませず、ただ楽しそうだ。
 そうして、疑い深そうに()めつけてくる相手に向かって、あっさりと答える。
「何か金目のモノはないかと思ってね」
「なっ―――」
 絶句し瞠目する美鶴に、相手はプッと噴出す。
 かっ 可愛いっ!
 思わず見惚(みと)れ、慌てて己を叱咤する。
 そんな美鶴に、男子生徒は声をあげた。
「冗談だよ。そんなコト、するワケないだろ」
「なっ!」
 カッと頬を紅潮させる美鶴を面白そうに笑い、手近な机に腰を乗せる。
「アンタ、さっき男子を怒鳴り倒してたヤツだな」
「そう言うアンタ、誰よ?」
「クラスメートだぜ。澤村優輝」







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