記憶を巡らし、思い当たる。
「たぶん、机の中だ」
「えぇ?」
部費は教室では必要ないので、鞄から出すつもりはなかった。だが、春休みの宿題を出した時に鞄から滑り落ちた。拾ったところに先生が登場してHRが始まってしまい、慌ててとりあえず机の中に仕舞いこんだのだ。
「別に今日中に出さなきゃならないワケでもないよね?」
「うん。でもお金だし……」
物が盗まれたなどといった物騒な話は聞かないが、用心に越したことはない。
「やっぱ取ってくるよ」
手早く荷物をロッカーに押し込み、パタンと閉める。
「え? これから戻るの?」
「うん」
「お昼、どうする?」
「いつものトコ。体育館の階段」
すでに足は動き出している。そうして
「先に行って、場所取ってるからねー」
という里奈の言葉を背中に受けながら、部室を出た。
校舎の中。すでに生徒は疎ら。
今日は始業式と、その後のHRしかなかった。新一年生のクラスではあれこれと先生からの諸説明で、まだHRが続いているようだ。だが二年生以上の生徒には、学校に居残る理由はない。
午後から部活動の控えている生徒で、教室で昼食を取ろうという存在もあった。が、天気が良いからだろうか、あまり多くはない。
里奈と美鶴はブラブラと歩きながら部室へ向かっていた。それなりに時間も過ぎている。
今では掃除も、どこまで真面目に行ったのかはわからないが、とりあえずは終わっているようだ。
まだ陽の高いうちからこれほどガランとした校舎も珍しいなと、なんとなくワクワクしながら自クラスに一歩足を踏み入れた。
―――――っ!
「ちょっとアンタっ! そこで何やってんのよっ!」
いつも男子生徒を罵倒しているクセか。まず声が出てしまう。
怒鳴られた少年は、美鶴の言葉に少しだけ首を動かし、視線だけで対峙した。
――― 思わず、生唾を飲み込んでしまった。
少し吊り上った目尻と、一重だかどことなく甘い瞳。少し伸びかけの黒い前髪がゆったりと流れ、日焼けた額を撫でる。
うっ!
言葉を失う美鶴とは対照的に、相手はそれほど動揺も見せない。机の中に入れていた腕を引き抜き、立ち上がる。
「お前か」
知らない生徒。だが相手は知っているような口ぶり。
「そこっ 私の席なんだけどっ」
なぜだか激しくなる息遣いをなんとか整え、美鶴は憮然と言い返す。
見知らぬ男子生徒に自分の机を漁られて、冷静でいられるワケがない。
「何やってるの?」
「あぁ」
少年は涼し気に片眉を動かし、ズカズカと近寄ってくる美鶴を避けるように後退した。
「君の机だったのか」
「何か用?」
美鶴の剣幕に、少年は笑った。
笑った―――
それは、他人の机の中を漁ったという後ろめたさや罪悪感など微塵も含ませず、ただ楽しそうだ。
そうして、疑い深そうに睨めつけてくる相手に向かって、あっさりと答える。
「何か金目のモノはないかと思ってね」
「なっ―――」
絶句し瞠目する美鶴に、相手はプッと噴出す。
かっ 可愛いっ!
思わず見惚れ、慌てて己を叱咤する。
そんな美鶴に、男子生徒は声をあげた。
「冗談だよ。そんなコト、するワケないだろ」
「なっ!」
カッと頬を紅潮させる美鶴を面白そうに笑い、手近な机に腰を乗せる。
「アンタ、さっき男子を怒鳴り倒してたヤツだな」
「そう言うアンタ、誰よ?」
「クラスメートだぜ。澤村優輝」
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